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A.C.P.C.提携講座 ライブ・エンタテインメント論
提携講座/登壇講師インタビューseason 5

村井邦彦さん
Interviewee

REC.007 村井邦彦さん

作曲家

プロフィールの詳細


CHAPTER.1
「昨今のミュージシャンたちのビジネスに対する考え方」

― 本日の学生はいかがでしたか?

村井邦彦(以下村井と敬称略):まず僕にとって1990年代生まれの学生たちと接することは未知との遭遇ですよね。自分の子ども(※ヒロ・ムライさん)が30代で、彼らも最近の若いやつのことはよくわからんと言っているくらいですから(笑)。そういう意味では凄く面白かったけれども、ちゃんとコミュニケートできたと思います。彼らのことを少しはわかったと思うし、彼らも100%かどうかわからないけど相当理解してくれたんじゃないかな。歳をとってくるとますます若い人と接することが減るから、こういう機会は楽しかったです。

※ヒロ・ムライさん:LA在住。監督としてメガホンをとったアメリカのテレビドラマ「アトタンタ」で2017年1月にゴールデン・グローブ賞(TV・コメディー部門)を受賞。

― 講義は学生たちからの質疑応答という流れでしたが、村井先生の大学時代の話は自身と照らし合わせ、また、作曲家時代の活動では68年に作曲の「エメラルドの伝説」をはじめ、当時のレコードジャケットを真剣に見ていました。

村井:音楽はそんなに変だとは感じてなかったと思うよ。だけど衣装とかジャケットのデザインが、当時はサイケデリックだったからね。新鮮だっだんじゃないかな。

― 講義のなかで、人脈について「知らない分野の友人をたくさんつくりなさいと」とお話になりましたが?

村井:そうですね。人との出会いは凄いことです。今でもロサンゼルスでは70年代から80年代に知り合った様々な音楽家たちとの交流があるし、ジャズバンドも一緒にやっている。また、日本のミュージシャンたちとはその二世たちとも僕のピアノで歌ったり演奏してくれたり、世代を超えた付き合いがあります。自分とは違う分野でいちばん長い付き合いと言えば、歌舞伎の中村吉右衛門(当代・二代目)さんとか、行政法学者の磯辺力さんとか、小学校からだから60年以上だね。

― 学生たちが特に聞き入ったのは「人生は感動の続き」というLIFEのコーナーでした。ものづくりを目指す学生が多いなか、わかりやすいサジェスチョンだったと思います。

村井:「自分が感動できないのに、どうして人を感動させることができるか」という話をしましたが、僕は普段からそういう風に考えています。

― また、ピタゴラス、バッハ、ガリレオなどの歴史的な話をされましたが?

村井:相当面倒くさい話だから前の学生に聞きたいかって訪ねたら、聞きたいって答えてくれたんだよね(笑)。
やっぱり音楽について語るとき、音楽家ばかりではなく、数学者、科学者、物理学者、天文学者、哲学者などそれぞれの立ち位置からの捉え方があるから、そういうものを総合して話さないと内容は希薄になるよね。
僕は、いまだに西洋音楽のことを学びたいし、学べば学ぶほど、西洋文明の偉大さがわかる。そういう歴史的な文脈のなかで日本の音楽をどう考えるのか? どういったものをつくっていくか? これはいまも変わらない僕の普遍の研究テーマなんです。

― 歴史の重要性や面白さがよくわかったと思います。また、村井先生のトワ・エ・モアの「虹と雪のバラード」(1971)を学生たちと一緒に聴きましたが、いかがでしたか?

村井:日本が高度成長していた時期の思い出が浮かんでくるよね。あの頃は、アメリカのスクリーン・ジェムズ・コロムビア社と日本の代理店契約を結び、とにかく僕は人工衛星のように世界中を駆け巡っていて、曲もたくさん書いていた。ユーミンと作家契約した年もその頃だったと思う。

― 学生から「アーティストをプロデュースするときに一番大切にしていることは何ですか?」という質問に、村井先生は、「元々いい人しか成功しない」とお答えになりましたが、それは才能がある人ということですか?

村井:才能だったり本質だったり、その人のキャラだったり、要するに神様って不公平なんだけど、アベレージ的な人をいくら教育したってスーパースターにはならないんですよ。やっぱり抜きん出ている、飛び出している人をさらに磨いてあげないと。これは冷酷な世界だよ。もし僕が音楽学校の先生だったら哀しくなっちゃうだろうね。

― 学生たちからは、息子さんのヒロ・ムライさんに関する質問もありました。東京でお生まれになって9歳からLAなんですね。映像というか芸術の世界に進まれたのはやはりDNAでしょうか?

村井:これはわからないね、何なんだろうね。
努力しているのは僕も認めるけど、彼は南カリフォルニア大学の映画芸術学部で学んで、在学中にミュージックビデオを手掛けた。その頃から一人暮らしをはじめて、卒業後はコマーシャルビデオをつくり、家には帰る時間がないほど忙しくしていて、次のステップがテレビドラマの監督で、僕と同じで飛び回っているよ。

― 南カリフォルニア大学では東京工科大学のメディア学部の学生が研究発表をしたり交流があります。ぜひ、ヒロ・ムライさんに一度大学にも来ていただければいいいですね。

村井:そうですね。そんな機会がいずれあるかもしれませんね。

― 村井先生は、作曲家として2017年12月に50周年を迎えますが、ずっと走り続けていられる秘訣は何なのでしょうか?

村井:落ち込むときは誰にでもあるけど、いつも前を向いていれば大丈夫だよ。明日のスケジュールに面白いこと、楽しいことが入っていれば絶対に元気だよ。そう心掛けています(笑)。

― 本日はありがとうございました。(次回は(株)ワタナベエンターテインメント 取締役 第二マネージメント本部担当役員の吉田雄生さんです。)

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